資料集・2(検証編)

●ここでは、様々な資料により祖父の証言内容を検証してみたいと思います。

 

1、元関東軍参謀・原善四郎さんが飛行機で朝鮮へと飛び総督府に女性集めを依頼したという証言で有名な、関東軍特種演習(関特演)時の慰安婦配置は1941年10月の事らしい(複数の証言、文書アリ;このサイトを参照しました)。では「戦地看護婦募集に騙されてパンパン屋にされた朝鮮女性」はそれ以前の徴集かそれとも以後か。祖父は41年9月~42年1月までチチハルを離れ、「イルセ」に居たが。

2、1941年10月以前にそのような騙し召集が行われた形跡はあるか。証言や資料があるか。

3、「戦地(従軍)看護婦募集」に騙された、という証言は他にどのようなものがあるか。

4、慰安婦のことを「ピー」ではなく「パンパン屋」と言う証言は他にどのようなものがあるか。

5、「朝鮮人を集めてくる専門の部隊」について調べてみる

~軍が女性の徴集から移送・慰安所の設置・管理・運営に至るまで全面的に監督・統制したことは、現在では研究によって証明されている(このサイトこのサイトなどを参照)。祖父が言うのもそのような事を専門に行う組織が軍の中にあった、ということだろうと思われる。しかしその部隊が朝鮮半島まで行って直接、女性を徴集していたのか、あるいは朝鮮半島で女性を徴集したのは別の部隊で、途中から彼女らを受け渡されてチチハルに移送するだけの部隊であったのか、またメンバーはどういう人達であったのか、人数は何人くらいであったのか、など具体的な詳細は全く分からない。また「戦地看護婦募集」という募集をかけた主体は軍であったのか軍から委託を受けた業者であったのか、あるいは警察や憲兵も関わっていたのか。また朝鮮人の男性についてはどう集めてきていたのか。その辺を調べてみたい。

菱田部隊について~伊藤桂一さんの証言から

慰安婦連行部隊について~松本栄好さんの証言から

 

・・・等々。現在、調査中。